創立者の肖像

100年を超えて生き続ける不屈の精神「ネバー・ダイ」

創立から100年余りの歴史を刻む京華学園。建学の精神として掲げられている「英才教育」は1897年、同校を創立した磯江潤が提唱したものです。この「英才」について磯江潤は、「英才とはいわゆる秀才にあらず。固き材木の材、社会、国家に有用な材をいう」と述べました。つまり、伐採された材木が建材として生き続けるように、社会を背負って立つような生徒一人ひとりの才能・素質を育むことを目的として同校を創立しました。

1867年、鳥取県で生まれた磯江潤は、幼い頃から勉強熱心で、漢学と英語にはとりわけ興味を持ち、驚くべきスピードで習得したといいます。そして成人後は、約10年間の教師生活を経て、京華学園の創設に至りました。

磯江潤は、開校当初から教育現場に次々と新風を吹き込みました。例えば、生徒に「必携簿」を持たせ、家庭との連絡ノートとして使用し、また、父兄懇談会を開催して家庭と学校との対話の機会を設けたり、全校生徒を集めて朝礼を行いました。現在ではあたり前のような学校の風景であり、システムですが、当時は画期的なこととして周囲を驚かせました。時代の動きを見すえた磯江潤の先駆性と、教育に対する熱い思いをうかがい知ることができます。

また、生徒に真剣勝負の心構えを説くため、校庭に土俵を作って相撲の力士を招き「京華場所」を開催したという、豪快なエピソードも残っています。間近で見る横綱や大関の大勝負に、磯江潤は生徒と一緒に熱狂したそうです。

晩年、闘病生活を送っていた磯江潤は、病気が小康状態になるや学校へと足を運んで「ネバー・ダイ」と、生徒の前で大きく叫んだといいます。「決してあきらめない」という磯江先生のメッセージは、「目的・目標に向かってやりぬく意志と行動力を持ち、自分自身と闘おう」という同校の校訓として、今もしっかりと息づいています。

写真:創立者 磯江 潤